悲しいお別れ

くじ引きを引いて役割を決める、と言うものなのですが…。本当に不思議。よく振っても、みんなが引いた後に引いても私は「二」ばかり。先生は「花」ばかりでした。

せっかく再開したお稽古ですが、来週は突然のお休み。振替になった日を出勤日にしていたので「うーん…。」と思っていたら「ご近所の方が亡くなった」と…。実は私も知っている方でした。

年に一回お茶摘みを教えてくれるお師匠

膵臓癌で、見つかった時はもう手遅れ。見つかるまではどこも具合は悪くなく入院してすぐ亡くなったので誰にも迷惑をかけずに突然消えてしまった感じだと…。

年に一度二回会っただけのお師匠。我々初心者が「邪魔になっていませんか?」と聞くと「邪魔だと思う人が良ければいいだけだから。」と言いながらすごい勢いで手摘みされていました。優しいお師匠さんでした。ご冥福を祈るばかり…。

再開!

数日前に社中のグループラインにお稽古再開の連絡が入りました。

自粛の影響により、今年二度目のお稽古です。

科目は年に一度のこちら👇

プルプルプルプル…

「年に一度」でして…しかも私はまだ三回目。

全く記憶にないのですが、去年私が「巴」を美しく仕上げたらしく、先輩方に底取というお道具を渡されて、「さあ!さあ!!」と言われるも…撃沈でした。全く「巴」描けず…。

一人一人スミを仕組むごとに先生が「前の方の入れられたスミのケシキをよく見て、愛でて、自分も風情よく仕組むように。」とおっしゃるのですが、これはもう、お笑いで言うところの「ボケ」でしかありません。

お箸で太いスミを何本か持ち上げて美しく仕組む…昔の武士ならできたかもしれませんが、少なくとも我々は持ち上げるのが精一杯で、もう少しで置けるというスンデのところでスミが落下してハイが飛び散ります。ハイまみれのスミのかたまりのどこにも風情は感じられず…、ただただ前の方の健気な努力のあとが見て取れるばかり。

先生がこのハイまみれになったスミを夜な夜な洗うのかと思うとお気の毒でなりません。(一応みんな「ワタクシたちがしましょうか?」と声がけはしてみましたが…。)

当日は桃の節句でした。

先生のお嬢さん、お孫さん、ひ孫さん達の雛人形がお床に飾られ、ぼんぼりには明かりがつけられていました。この温かい光…。私も子供の頃つけてもらって嬉しかったことを思い出します。

吊るし雛の習慣は故郷にはなかったと思います。私には珍しく、こちらも嬉しくなります。

和菓子に「桃」はなく、梅か桜で代用するそうで、今日のは梅に見えるお菓子でした。

11月3回目

この日は「口切」と予告されていたのに…やっぱり予習もせず伺ってしまい、てんやわんやでした。

さて、事件が起きました。

なんと、茶壺の中に入っている3種類のお茶の一つの袋に穴が…。

こんなことってあるんですねえ。

12月もう一度お稽古をする予定とのことで、是非私にと立候補して帰ってきました。さて、今度こそちゃんとできるかなあ。

11月2回目

余裕があるつもりでお稽古場へ。お着物の方が私の前を歩いていました。そういえば年配の方が新しく加わると伺っておりました。

教室に入ると…とっくにお稽古が始まっていました!

年に数回やってしまう、時間の勘違いで大遅刻。先週炉開きで夜お稽古したことでちょっと…うっかり…。

先生がお着物を着ていたので、おや?と思いました。

新しい方は85歳。お茶の先生をされていた方ですが、一旦すべておしまいにしたそうです。お道具も処分したのだとか!(もったいない。)

でも、自分の人生をふと振り返った時に、「やっぱりお茶をやめられない。」と思い、インターネットで教室を探して、「一からお勉強をやり直したい。」と思って連絡をされた、ということです。

さて、お稽古が始まりまして…。ここはワタクシの出番なのではないかな?と思いました。私は他の教室が長かったので、もし何か粗相をしても先生の顔に泥を塗ることはないかも?

ところがこの新しい方は人柄の良さが溢れ出しているような雰囲気で、私の拙さなど口を出されることもなく、お茶のお稽古を楽しんでいるのが伝わってきました。

今の先生はお金持ちで、200坪はあるようなので庭園をいつもきっちり手入れされ、手書きの襖絵のあるお稽古場で、我々はいかにも高そうなお道具を気軽に使っている状況。

新しい方は、お道具もわかる方で、「あら!こちら●●窯じゃありませんか!」とすごく楽しそう。先生も、やっとお話のわかる方が来た!とばかりに楽しそうにお道具のアレやこれやをお話しされていました。

我々弟子一同は耳をそば立てて聞き取ろうとするものの覚えることができませんでした。

そして、程々のところで…お土産の美味しそうなお菓子を置いて、「今日はそろそろ」と帰っていかれた姿にうっとり。

教室がとても良い空気になり、新しい仲間が加わったことを喜んだのでした。

「あの方は、お仕覆もツガリの部分しか触らなかったし、ゴミも懐ではなくてたもとに入れていたわよ。」

私もせめて耳で学んだこの部分は真似っこをしよう、と心に誓いました。

ここで先生のブラックお金持ちジョーク。

「私が今日選んだ着物。バッチリだったわね。色もかぶっていなかったし、…昨日の着物だと、嫌味だったわよねえ。」

一番弟子で、前日に別のお稽古を一緒に受けていた方が

「今日のはバッチリ!昨日のは…」と笑い、先生が出して来られました(笑)。手書きの柄で、素人が見ても高額だとすぐわかるようなお着物でした。

私はここで気を抜いていました。さっきお点前をしましたし、先週何度も何度も確認して、今日は平点前しかしないと確認していたのでこれで終わったものと…。なのに出てきたのが壺荘。私が御指名されました。予習してくるべきでした。紐を絡めては苦笑い。

来年こそは11月にむけてしっかり予習をしようと誓いました。

11月1回目

クチキリでした。

さて、2回目の AI for iPadでのイラストです。使い方が少しわかって来ましたが、まだイライラします。手書きの文字が画面では見えるのにデータ化すると消えてしまう理由もわからない。でもとにかく描き続けてみます。そのうち使い方もわかるはず。

今年になり、コロナ対策のため茶碗は一人ずつになりました。

今回登場したのが、すごいオーラを放っているお茶碗…。

三島焼きなのですが…色合いといい模様の付け方といい、心奪われます。

私はお点前さんでした。

一人の姉弟子が「それで飲みたい」と手にしたところ、別の姉弟子が「私がそれで飲みたかったのに…」と…微笑ましく取り合いをしていたところ、先生が

「そのお茶碗は京都の○○で、亡くなった主人に買ってもらった

とっても高いお茶碗です。」

と、間を置いて2回も言ったので触るのも怖かったです。

今の教室は襖絵が手書き、炉がいくつか切ってある茶室があり、お庭も広い豪邸。私でも知っているような花押のあるお道具もあるようなところで…。先生が「高い」ということは…お高いのでしょう。

とは言え、とてもユーモラスな先生で、この教室での「値打ちのあるもの」ネタは面白くて、逐一亡くなった先生に手紙で報告していました。

今日も亡くなった先生はいつもの指定席で一緒に笑っているように感じました。

先生の気配

引っ越して来て、お茶を始めて3年目になりました。

お茶は辞めるつもりでいたのですが、3年前の夏休みに帰省して先生と話して、お茶を辞めてはいけない、と思い、教室を探したのです。

高知を離れることを最後のお稽古日で知った姉弟子は、大切な袱紗を私にくれました。次のお稽古場に持っていくと、ちょうどお月見で、お月見だからこの袱紗を使ってるのね、と言われ、それはいい!と思い、この袱紗はお月見のころだけ使っています。

年に一度なので袱紗捌きで月とウサギが見えるとみんな「わあ」と喜びます。

お月見の時期からは1週間遅くなっていましたが、お月見団子にススキに、お菓子もお月見仕様でした。

先生が亡くなったことは、50日をすぎてから知らされました。

先生の死を知ってからは、教室に先生がいるように感じています。お稽古の最中に「先生はこう言っていたな」とか「先生だったらこう言うな」と思っているのが、幻のように見えているのかも知れませんが…。誰に迷惑をかけるわけでなし、先生はお稽古場に来られている、と信じています。

この日のお手前は「茶通箱」。

お稽古場では、10月なら10代の方々の名前を覚えよう、と言う試みがあり、私はお稽古場の赤楽を予習で見つけた「10代旦入の赤楽『福来』」に見立てました。

ここでちょっと姉弟子に意地悪。「お茶碗は?」との問いに「赤楽です」で終わってもよいところを

「赤楽とお見受けしますが…?」と問うて見ました。

姉弟子は負けじと「赤楽です」と言い切ってサクサクお手前を勧められました。

10月1度目の反省点は遅くお稽古場に行ったこと。私は先生の家から一番近いのに、ギリギリまで予習をしてお稽古場の準備もせずでした。

二番目についた私は姉弟子のお手前を見て予習をさらに深めたので、私にしては「上出来」をいただきました。

でもこれってお茶人としてどうでしょう??

10月2度目は一番乗り。でもここでもやはりギリギリまで予習しているので「上出来」をいただき、柄杓のより丁寧な扱い方を教えていただくことができました。

突然することになった四畳半花月はまるでダメ。予習をしていないから当然。

やはり、茶人としてどうか??と疑問を持ちました。

そして10月最終。風炉のお手前最終日。

掛け軸は「日日是好日」私の大好きな四十雀が描かれているおじくでした。

花は錦木と秋明菊。花も実もたわわ。収穫が終わって牛が休んでいるところ、と言うことでお香合は牛でした。

この日は早めについてできるだけ準備をしました。

先ほどまで頭に詰め込んだものをどれだけできるか試してみたいところでしたが、欲は捨て、いい感じの順番で。

私を含む経験者は予習できているので先生に「よく勉強して来たわねえ」と一旦褒められ、「と言うか、ノートを細かくとっているんでしょうね。」と言われました。

確かに…。

ノートなしでは何もできません。

さて、この日は初めての方がいました。我々のお手前を見て、「訳がわからなくなった」と言って大混乱されていました。

先生がなるべくわかりやすいようにと、砕いて砕いて説明されるのですが、緊張しすぎていて、大変。本当に右も左もわからなくなって来たのです。それがだんだんみんなにうつって来ました。先生と姉弟子が、わかりやすいように、と思って、「手はこう」と、OKのサインのようにしたので、私はこれは珍しい!と思って覚えようとしました。細かいところは前の先生と教え方が違っているところもあり、差を知るのが面白いのです。

でも…これは様子が違う!

私、わかってしまいました。

「その指はこちらの形では…?」

それを見てみんなが大爆笑。そこでやっとお稽古場の緊張が溶けました。

1回や2回。10回や20回で覚えられていないお手前(…少なくとも私は)。気長に臨めばいいと思います。

結局初めての方はお手前に1時間以上もかかりました。私は今では注意されると何を注意されてどうしなければいけないか、くらいは分かるようになりましたが、確かに上のお手前は初めて見た時、びっくりし、永遠に終わらないように感じたものです。

亡くなった先生がどんなに力を入れて私に教えてくださったのか、しみじみ感じました。

あのオーケーサインの件では、近くで先生も一緒になって笑っているように感じました。

先生の気配を感じながらお稽古をしている今日この頃です。

9月3回目

この般若心経は先生のご主人が亡くなられた時に知り合いの方が写されたものとのことです。

花入れはお坊さんが托鉢の時に水を入れる、水筒のように使うものだそう。

お彼岸にちなんだ取り合わせでした。

姉弟子はいまさらふくさをさばくタイミングを直さなければいけなくなって数週間とても悩んでいることが見てとれます。

お稽古をしているうちにやり方が少しずつずれてしまったようで迷いながらやっています。

私はといえば…まさかの膝行のやり方を変えようということになり、回るたびに冷や汗。

間違っていたわけではないですが、確かに変えた方が良さそうで、悪戦苦闘です。

今月は、先月に引き続き、自分の取り組み方があまりよろしくなかったと思いました。

来月に向けて計画をしているために、本日の絵はかなり雑です。

9月2回目

今回はお釜が話題の中心に。棚とセットにされて売られていたそうですが、思いの外高さが低く、点てる時の距離感が難しく感じます。

以前点てる時は柄杓の柄をよけてもいいと習ったのですが、その後に「絶対に真っ直ぐにすること」と訂正され、今の教室も「まっすぐ」。それが決まりならばできるようにならなければならず…修練のみです。

それにしてもお菓子がおいしかった!いもあんに刻んだクリが入っているようで、食べる時は食べる時に集中しすぎてしまいました。

9月1度目

普段はとても優しくて、「自分のできる範囲で分をわきまえたお茶をしなさいね。」と笑っていた先生でしたが、大きなオテマエのお稽古の時はてきびしかったです。

先生自身が、「自分にできることはわずかだから、大きなオテマエだけはしっかり身につけて欲しい」と言う思いが強いとおっしゃっていました。

しかしこちら…どうやって覚えたらいいのか全くわからず、家に帰ったら覚えていることをとにかくメモするしかありませんでした。

予習して行くと、自分のメモのとんでもない間違いを見つけ、またノートを取り直し。

最後の年はノートが完璧に仕上がって、予習をしたらなんとかできていたと…思っていました。

引っ越してきて初めてのお稽古。

ノートを引っ張り出してきて予習をすると…途中でアイテムが消えたり、現れたり、ワープしたり、…3年前の自分がどうやってこのノートでお稽古をしていたのか、今となっては謎…。もう一度しっかり整理し直すことにします。

8月3度目

ご飯が終わった後のモノだから、軽いものを食べてするモノ…と伺っていたけれど…。

ガッツリお刺身の盛り付け。

お茶を始めてから、年に2〜3度やむなくいろいろ食べる機会があるけれど、私は「食わず嫌い」ではなく…どうやっても苦手。

「まあ一服おくつろぎください」と言う意味のお墨をかけてあるけれど、格闘でした。

こんなところで気持ちを乱すわけにはいきません。

8月のお稽古は、自分ではダメでした。真剣さが足りなかったなあ、と。

おスミは、昔研究会のために先生に叩き込まれているので、記憶を取り戻せたらできるはず…、と思いきや、なんとタナ付き。

「ハカンバシ…」で始められないところでつまづきましたが、後半はなんとか取り戻せました。