先生のご主人には工夫癖がありました

警告色というのだそうだ。黄色と黒の組み合わせ。ポールに黄色と黒のボーダーをななめに着色しているポールが・・・茶道の教室にある。これは先生の亡くなったご主人に工夫癖があったからで、頭上注意として、車庫の天井に始まり、数寄屋門の屋根の軒先にまで15センチほどの警告色の筒がぶらさげられている。あまりにも目になじんでしまって無感覚になっていたけれど、数寄屋門と警告色・・・このとりあわせ・・・趣がありすぎる。
大きな社中がどんなものかわからない。私には茶道のなんたるかを語るほどの知識も経験もない。けれど、日常生活の中に茶道のお稽古の習慣がある。なんという贅沢だろう。
「趣味茶道です。」というと少々ひるまれる。人は自分の知らないものに警戒する心があるのかもしれない。
先生は御年91歳。90歳を境に教えをやめると宣言された。末弟子の私には何の発言力もないけれど、80代の姉弟子を筆頭に猛抗議してくださった。「お稽古をやめたら・・・先生も私達もぼけてしまうと思います。それはこまります。」と。話し合いの末、お稽古を隔週にするというところで折り合いがついた。
生活の中からお稽古がなくなってしまうかもしれないと考えだしてから、お教室の見え方が変わってしまった。そういえばこの黄色と黒の縞々、お茶会では見ないなと、やっと不思議なことに気が付いた。
警告色の筒のついた数寄屋門をくぐると、先生の丹精されたお庭があって、電子レンジを駆使して作られた和菓子を構えて、猫二匹と待っている。80代を筆頭の姉弟子たちと道具を選んでああでもないこうでもないとわいわい言いながら順番を追っていくのが、なぜか子供の頃のおままごとの感覚を思い出す。認知症の始まった姉弟子に対しては皆優しく「私も忘れる忘れる。ほらね。」と大笑い。複雑なことを覚えられているときには拍手喝采。こんな穏やかな時間が私の生活の中にはあるのです。